Profile

吉岡 容子(よしおか・ようこ)
医療法人容紘会高梨医院副院長 皮膚科・美容皮膚科医師
東京医科大学医学部医学科を卒業後、麻酔科学講座入局。麻酔科退局後、明治通りクリニック皮膚科・美容皮膚科勤務。院長を務め、平成24年より医療法人容紘会高梨医院 皮膚科・美容皮膚科を開設。
高梨医院 皮膚科・美容皮膚科
https://www.takanashi-hp.com/hifuka/
浦和で80年。地域の人に慕われる医院の跡継ぎとして医学の道へ
2016年、実家の高梨医院2階に皮膚科・美容外科を開業。長女の吉岡さんが数年のうちに3代目を継ぐ予定だ。
祖父・父が医師。病院の上に自宅がある環境で育った吉岡容子さんだが、医師になろうと決意したのは遅かったという。
「一時期は宇宙飛行士になりたいと思ってました。空や航空関係に興味があったので、客室乗務員もいいかなとか。ですが高校2年生のとき父が大病をして、身近な人を助けられる医者になりたいと考えるようになりました」
父から医師になることを勧められた記憶はないと言うが、物心付く前から働く背中を見てきた中で、医学部進学は自然な進路だった。高校3年生から理系の勉強を始め、東京医科大学に入学。研修医修了後に選んだのは麻酔科だった。
「救急医療に興味があったので麻酔科を選びました。実家は三次救急指定病院で、現在私が皮膚科を開いている2階は病棟として使われていたんです。麻酔科医時代は実家でアルバイトしていました」
麻酔科医として働いた6年間は、残業・当直は当たり前。非番の日もオンコール待機で、とにかく忙しかったという。多忙な勤務の中で医局では助教の役職につき、専門医を取得した。

母になり、麻酔科から皮膚科医へキャリアチェンジ
キャリア転換を考えたきっかけは妊娠だった。
出産は32歳の時。当時は大学病院から民間病院に派遣され、常勤勤務だった。子どもはいつか欲しいと思っていたが、計画的ではなかった。両立できるか悩んだ時期もあったが、目の前にやるべきことが迫ると「意外となんとかなった」と言う。
「麻酔科医はすごく忙しい仕事です。人数が少ない上に、麻酔科医がいないとオペができないなど現場が回らない。なので妊娠中も通常通り仕事をしていました。無痛分娩で計画出産だったので出産の前日もオンコールでした」